数字が合わない夜の突き合わせ作業を、AIの間違い探しで終わらせる
午後8時。オフィスには、誰かのタイピング音と、空調の低い唸りだけが響いている。
目の前には、二つのExcelファイル。一つは基幹システムから吐き出された「売上データ」、もう一つは営業部門が手入力で管理している「案件管理表」。本来なら一致しているはずの合計金額が、どうしても「3,452円」だけ合わない。
VLOOKUP関数を貼り直し、フィルターをかけ、色を塗り、行を一つずつ指でなぞる。目線は疲れ切り、数字の羅列がゲシュタルト崩壊を起こし始める。「どこだ? どこでズレたんだ?」という問いが、集中力を無駄に食いつぶしていく。その時、チャットツールに通知が飛ぶ。「例の数字、いつ出せますか?」
……ため息が出る。今、自分は「管理職」や「リーダー」として高度な判断をしているのだろうか。それとも、ただの「デジタルな検品作業員」なのだろうか。
人間を「検索エンジン」にしている現状
「数字が合わない」というトラブルは、どの現場でも発生する。そして、その解決プロセスがあまりにも非効率だ。
現場でよく見かけるのは、以下のような光景だ。
左右に並べた二つの表を一行ずつ照らし合わせ、視線を絶えず往復させて差異を突き止めていく目視作業は、精神を削るほど過酷だ。
- 「色塗り」による作業管理: 差異が見つかった行にセルを塗りつぶし、「よし、ここまで確認した」と自分に言い聞かせる。しかし、途中で誰かがフィルターをかけたり、並び替えをしたりした瞬間に、その管理は崩壊する。
- 「差額探し」の迷宮: 合計金額の差額が「1,200円」だった場合、その1,200円に該当する項目を必死に探す。しかし、もし差額が「1,200円の入金と、600円のミスが混在した結果」だったらどうなるか。探しても探しても、正解には辿り着けない。
これらの作業に共通しているのは、「何が違うかを見つける」という、脳のスペックを全く必要としない「単純な検索作業」に、貴重な時間が費やされていることだ。
人間が本来やるべき仕事は、「なぜその差が生まれたのか」を考え、それに対する対策を打つことだ。「入力ルールが曖昧だから、担当者によって表記が揺れているのではないか」「システム連携のタイミングにラグがあるのではないか」といった、構造的な問題に目を向けることである。
しかし、現実はどうだ。差異を見つける作業そのものにエネルギーを使い果たし、原因を究明する頃には、思考力は底をついている。
システムと人間の「隙間」
なぜ、これほどまでに「突き合わせ」という泥沼が発生するのか。理由は大きく分けて三つある。
第一に、「データのサイロ化」だ。営業、経理、物流。部署ごとに異なるシステムを使っており、それらがリアルタイムで同期されていない。その「隙間」を埋めるために、人間がExcelという中間媒体を使って手作業で橋渡しをさせられている。
第二に、「フォーマットの不一致」だ。同じ「日付」でも、ある場所では「2023/10/01」、別の場所では「R5.10.1」、また別の場所では「10月1日」と入力されている。あるいは、全角と半角が混在している。これだけで、コンピュータは「別物」と判断し、突き合わせ作業は一気に難易度が上がる。
第三に、「入力のゆらぎ」だ。人間が介在する以上、ミスは避けられない。しかし、そのミスが「単なる入力間違い」なのか、「計算ロジックのミス」なのか、「業務フローの欠落」なのかが、突き合わせ作業中には判別できない。
ここで、私自身の情けない失敗談を一つ。
以前、大規模なプロジェクトの予算精算を担当していた時のことだ。数千行に及ぶ経費データと、承認済みの稟議書を突き合わせていた。深夜、どうしても数万円の差が埋まらず、私は「誰かが請求額を間違えたに違いない」と、入力担当者のミスを疑って疑って、一人で全行を精査し続けた。結局、4時間かけて見つけた原因は、私が参照していたExcelの「列」を一つ隣にずらして見ていたという、あまりにも初歩的な、自分自身の確認ミスだった。あの時の、胃の底が冷たくなるような感覚は、今でも忘れられない。
膨大なデータの中から規則性にそぐわないものを見つけ出す作業は、人間の性質上、極めて不得手なものだ。
作業と判断の切り分け
では、私たちはこの泥沼からどう脱出すべきか。鍵となるのは、「作業」を機械に、「判断」を人間に戻すという役割分担の再定義だ。
ここでいう「作業」とは、データの不一致箇所を特定すること。「判断」とは、その不一致が「許容できるものか」「修正が必要なミスか」「業務プロセスを直すべき問題か」を見極めることだ。
今のITツールやAIを使いこなせば、作業の多くは自動的に処理できる。
| 項目 | 従来のやり方(人間中心) | AI・ITを活用したやり方 |
|---|---|---|
| 差異の発見 | 目視、VLOOKUP、手動フィルタ | Power Queryによる自動照合、AIによる異常値検知 |
| データの整理 | 手作業での表記統一(全角・半角など) | 正規表現やAIによる一括クレンジング |
| 原因の推測 | 経験と勘による「たぶんこうだろう」 | AIによる「差額の構成要素」のパターン分析 |
| 人間の役割 | 差異を探し続ける(作業) | 差異の理由を特定し、対策を打つ(判断) |
例えば、ChatGPTのような生成AIに、二つのCSVデータを読み込ませて「この二つのデータの差分をリストアップし、不一致の傾向を分析して」と指示するだけで、数分で作業が終わる。AIは疲れないし、目がかすれることもないし、列を読み間違えることもない。
また、Excelの標準機能である「Power Query(パワークエリ)」を使えば、一度「データの取り込み方」と「照合ルール」を設定しておくだけで、翌月からはボタン一つで差異が抽出される。
ただし、勘違いしてはいけない。AIは「なぜその数字になったのか」という、組織の文脈(例えば「顧客との合意で、今月だけ特別に値引きした」といった背景)までは理解できない。AIができるのは、あくまで「ここが、こう違いますよ」という、間違い探しまでだ。
「間違い探し」という、頭の容量を無駄食いする作業をAIに丸投げし、人間は浮いた時間で「なぜ、こんな間違いが起きる仕組みになっているのか?」という、より本質的な問いに向き合うべきなのだ。
差異を特定させる指示文
突き合わせは、2つの表とキー列を指定して丸ごと渡す。
次の2つの表を突き合わせて、差異を特定してください。# 条件
- 照合キー: 【例: 案件番号】
- 比較する列: 【例: 金額】
# 出力形式
1. 片方にしかない行(どちらに無いか明記)
2. キーは一致するが金額が違う行(差額つき)
3. 差異の合計と、全体の差額が一致するかの確認
# 表A(基幹システム)
【貼る】
# 表B(管理表)
【貼る】
最後の「差異の合計と全体の差額の一致確認」まで書いておくと、見落としの有無が自分で判定できる。
泥沼から脱出するための三歩
「明日からすべてを自動化しよう」なんて、無謀なことは言わない。そんなことをすれば、新しい「作業」が増えるだけだ。大切なのは、今ある泥沼を少しずつ浅くしていくことだ。
もし、あなたが明日から何かを変えたいと思うなら、以下の三つのうち、どれか一つだけ試してみてほしい。
1. 「Power Query」に触れてみる
Excelの「データ」タブにある「データの取得と変換」を見てほしい。VLOOKUPを何十個も書く代わりに、これを使って「二つのテーブルを結合して、一致しない行だけを抽出する」という手順を一度作ってみる。これだけで、毎月の突き合わせ時間は半分以下になる可能性がある。
2. AI(ChatGPT/Claude等)に「間違い探し」のプロトタイプをさせてみる
いきなり全データを投じるのではなく、まずは数行〜数十行程度のサンプルデータ(機密情報は伏せること!)をAIに渡し、「これら二つのリストの差分を教えて」と指示してみる。AIがどれくらい正確に、どれくらいのスピードで「作業」をこなしてくれるのかを、肌感覚で知っておくだけでも、今後の判断が変わる。
3. 「表記揺れ」をルール化する
「突き合わせが大変だ」と嘆く前に、入力ルールを一つだけ決める。「日付は必ず YYYY/MM/DD で入れる」「全角は禁止」といった、極めて単純なルールをチームに共有する。これだけで、後の「データの掃除」に要する時間は目に見えて減る。
技術は、魔法ではない。しかし、「人間がやる必要のない仕事」を肩代わりしてくれる、非常に優秀な助手にはなり得る。
「数字が合わない」と頭を抱える時間は、本来、あなたがもっと価値のある「判断」を下すためにあるはずだ。
さて、そろそろパソコンを閉じて、帰るとするか。